強迫性障害の有名人『ハワード・ヒューズ』について知ろう!

記事の画像はイメージです。特定の人物を指すものではありません。

      2016/12/08

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本日は、強迫性障害の有名人であるハワード・ヒューズさんについてどんな人だったの?どんな症状だったの?ってことを学んでいきたいと思います!

まず、彼のあだ名が『資本主義の権化』『地球上の富の半分を持つ男』って…あだ名だけでわかる大物ぶり………。

そんな彼の人生街道と強迫性障害について、まとめてみました。

幼少期から青年期まではハワード君、その先はハワード氏と表記します。

特に注釈のない画像はイメージです!


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内気なハワード君

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ハワード・ヒューズは1905年のクリスマス・イブに、ハーバード大中退のインテリお父さんと、名家出身のお嬢なお母さんの間に生まれました。

インテリお父さんはハワード君3歳のときにすごい掘削機を使うことで生産能力アップ!!ヒューズ家は一気に大金持ちに。

ですが、当のハワード君はとても内気な子。

お母さんは過度な潔癖症(おそらく強迫性障害)、大好きなお父さんはあまり家にいないし、おまけに難聴もあったからです。

勉強よりもアマチュア無線や飛行機が大好きな、でも実は内気な子だったのです。

 

父母の死、そして黄金時代

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画像出典:http://commons.wikimedia.org/wiki/
1938年ころのハワード・ヒューズ本人

ハワード君16歳のときにお母さんが死亡、その2年後にはハワード君を溺愛していたお父さんも死亡。

10代にしてお父さんの築いた巨大な財産を受け継いだ彼は、資産を元手に映画制作業を始めました。

そのほかに航空会社も作る等、幼いころの飛行機好きとしての夢も叶い幸せなハワード君。

ですがこの時代から、いくつかの点で強迫性障害の影は忍び寄っていたのです…。

 

完璧主義と事故による怪我

強迫性障害の人はこだわりが強く完璧主義傾向があると言われていますが、彼にも若いころからその傾向がみられます。

初監督作品では航空シーンのリアルさの追求のために戦闘機を87機購入、それでもまだ微に入り細に入り演出にこだわったため、完成が遅れてしまいました

もちろん本人の生まれついての遺伝的要素、性格もあったでしょうが、撮影中の事故で眼窩前頭皮質を損傷したこととも関係があるのでは?と言われています。

眼窩前頭皮質の異常については、現在も強迫性障害の発症や症状の研究が行われています。

 

もう1つの事故とコカイン

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画像出典:http://en.wikipedia.org/wiki/Hughes_XF-11
このHughes XF-11が墜落

ハワード氏の人生を変えた1つ目の事故が『地獄の天使』の際の事故だとすれば、もう1つの事故もあります。

1946年7月7日、ハワード氏を乗せた軍用機の試作機が墜落。

彼は全身の78%を火傷し、脳挫傷によっていつ亡くなってもおかしくない状態でした。

最終的に回復したものの、左足に後遺症が残り、治療目的で用いられたコカインに依存するようになってしまいました。

 

1950年、発症

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ハワード氏、45歳にしてついに強迫性障害を発症。

青年期に発症することが多い病気ですが、公式的に『強迫神経症あるいは重いパラノイア(偏執病)』と彼が言われるようになったのはこの年でした。

事故以来の体の不自由、2本の映画の興行的失敗、映画会社を買収したもののなかなか上がらない興行成績…さまざまなストレスが彼にかかりつづけていた時代です。

いつの間にか彼は、彼の母のように病的なほどの潔癖症になっていったのです…。

50年代にはモルモン教徒の男子学生(モラルが高く、ハワード氏にとっては清潔なイメージだった?)に身辺を警護させたり、細菌を防ぐために毛布を窓にかけたりといった行動にも出るようになりました。

そして彼は、1958年のインタビューを最後にしばらく姿を消します。

 

ラスベガスの牢獄

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画像出典:http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/c3/
彼が10年を過ごしたデザート・イン(2000年に営業終了)

1966年、ハワード氏はラスベガスにある高級ホテル『デザート・イン』の8階と9階ペントハウスに移住し、そこからビジネスを展開し始めます。

彼はこののち、1976年までの10年間を閉ざされた牢獄のような場所で過ごします。

彼の母の症状によく似た『細菌に対する恐怖』に24時間怯えつづけ、除菌されていない『外』にはほとんど出ることが出来ませんでした。

ドアノブは消毒済みのハンカチなしでは触れず、血が出るまで手を洗い続け、入浴・洗浄が不可能になりました。

※入浴・洗浄をすると果てがないため、それらを行うのが恐ろしかったと予測されます。

 

不眠症も発症していたらしく、不眠時にテレビを見るためにテレビ局を買収したエピソードもあります。

また、1946年の飛行機事故以来の麻薬中毒にも苦しんでいます。

 

症状について

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彼が不潔恐怖だったことはよく知られていますが、詳しい1つ1つの症状については謎の部分も多いです。

何しろ不潔なものを避けているので、彼に関わっている人は限られているからです。

ただ、ラスベガスを出る前には異臭を放つほどの体だったという証言があります。

風呂に入れないため垢まみれになり、髪もひげも伸び放題だったようです。

 

大好きな飛行機の中で

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画像出典:http://commons.wikimedia.org/wiki/
在りし日、Spruce Gooseに乗るハワード・ヒューズ

10年間住んだラスベガスの『デザート・イン』からメキシコの『アカプルコ・プリンセス・ホテル』に居住を移してわずか2カ月足らず。

1976年4月5日、ハワード氏は70歳でその生涯を終えました。

ホテルで昏睡状態になり、自家用飛行機でアメリカに移動中のことでした。

190cmあった身長は180cm以下に、たった42kgの体重で本人とは思えないほどだったので、FBIによる指紋照合が行われたくらいです。

死因については明らかにされていませんが、心臓病や脳梗塞などの疑いが強いとのこと。

最後は、幼いころから大好きだった飛行機の中で彼は亡くなったのです。

 

諸刃の刃

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彼が最後の数か月を過ごしたアカプルコ

遺伝、環境的遺伝、2度の事故による脳損傷と精神不安、迫りつづけるストレス…これらがハワード・ヒューズを圧迫し、世間からは『奇行』と呼ばれるような強迫性障害の闇を作り出したのは確かです。

一分一秒も落ち着かない、いくらお金があっても彼は死ぬまで恐怖から逃れることができなかったのです。

ただ、ハワード・ヒューズを描いた映画『アビエイター』の主演であるレオナルド・ディカプリオはこうも言います。

『世界最大の航空艇を作ろうとしたことも、世界一早く飛ぼうとしたことも、一度完成した『地獄の天使』を音声を入れて撮り直したことも、彼の強迫的な資質のなせるものであり、OCDがあのような驚くべき生涯を彼にもたらしたと言ってもいいだろう』(Interview with Leonardo DiCaprio by Rebecca Murrayより引用、太字装飾は筆者)

彼が持っていた資質は不潔恐怖にもなり得る、でも圧倒的なビジネスの手腕や作品へのクオリティにもなり得る諸刃の刃だったのかもしれません。

 

最後に

レオナルド・ディカプリオ主演の映画は『アビエイター』という映画です!

私は主治医のA先生から診断を受けた時に『見てみるといいよー♪』と言われました。

アカデミー賞を始めとして5つの賞を受賞している作品です!

余談ですが、演者のディカプリオ氏も強迫性障害とのこと(追記9/14)

強迫性障害の他の有名人についてもまとめました↓(追記10/24)

日本/海外の強迫性障害の有名人12人とそのエピソード

 

参考文献

ジョン・キーツ著 小鷹信光訳(2005). ハワード・ヒューズ ハヤカワ文庫NF

 - 不安障害・気分障害